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世の中そんなに甘くない!

日本では最底辺に位置するであろううつ病の自称異端者が適当に語ってみるスレ。

ダライアスバースト クロニクルセイバーズ プレイ日記? その1

まぁプレイ日記を記すつもりは全くないのだが、便宜上タイトルをこうさせてもらう。

 

先日「ダライアスバースト クロニクルセイバーズ(DBCSと略す)」というゲームソフトのPS4版を購入した。

このゲームはなんぞや、というと全くわからない。ダライアスというシューティングゲームのシリーズがあって長い歴史を誇りうんぬんかんぬんらしいがシューティングはノータッチだったので当然このシリーズも全く知らなかった。

なぜ購入したかというと、友人宅でちょっと遊んで面白かったから。それと、このゲームは元々アーケードゲーム(ゲーセンに置いてある)であり、それを家庭でできるのはお得感があるということもあり購入を決めた。ここまでの通り、度々DBCSのネタを記事にしているが、一応ちゃんとしたプレイ内容を記そうと思いこの記事を起こした。

さて……DBCSにはオリジナルのCSモードというモードが存在するが、こっちはちょっとだけ触れて放置している。というのも、面白さに不満はないのだが、画面が狭かったり(正確に言えばACモードより全然広いのだが、横長の画面ではないため、敵との距離が近くなったり攻撃を回避しにくくなる)初見でステージクリアを目指す(シューティングはパターンゲーなので、初見はかなり難易度が高い)ようなゲームバランスにいまいち馴染めない。

何より、私は元々ACモードの方に魅力を感じて購入したため、遊んでいるのはもっぱらACモードである。あと、いつか実機でやると楽しいのではないかというのもモチベになっている。こっちの進行状況としては、とりあえず光導ルート(ZONE A→D→Hと進む、ACモードでは最も簡単なコース。BGMが全て繋がっていることから光導ルートと呼ばれる)はデフォルトエントリー(3機で出撃する通常のプレイ。残機無限エントリーといういくら撃破されてもゲームオーバーにならないシステムも存在する)でクリアできるようになった。まぁ、何回も死にましたけどね。私はシューティングが不得手なのだ。とはいえ、このゲームは「バースト」のシステムにより弾避けがあまり求められないのが嬉しい。ちなみに、このルートのラスボスはバイオレントルーラー。一見強そうな攻撃ばっかりしてくるが、敵が弾を撃ちまくるという性質上、設置バーストで回収しまくれるため実はあまり脅威ではない。更に、こいつのバーストは普通に避けようとすると難しい反面、サイドカウンター(敵のバーストに横から当たり、喰らい判定のタイミングでバーストを撃つとバーストカウンターが撃てる)がかなりやりやすいので敵のバーストもあまり脅威ではない。もちろん、バーストだけでは対処できない厄介な攻撃も多いが。個人的には緑レーザー噴射が一番嫌い。

次回はある……のか? とりあえず一回DBCSの記事を書いておきたかった。おしまい。

エンシェントバラージ……強い……

サーチレーザー……うざったい……
バーストカウンター……決めやすい……

反転操作……難しい……

 

このネタ伝わってるのだろうか。生地がパリパリのクレープ食べたい。

っていうか、もう寝(ね)よう

とりあえず深夜にFPSは二度とやらないようにする。やらないと思う。やらないんじゃないかな。ちょっとはやるかもしれない。

理由は、ゲームの刺激による興奮で就寝時間や睡眠自体に影響を及ぼすため。フレンドとプレイするときはいいとして、ソロでこの時間にやるのは損失が大きすぎる。楽しくてついやりすぎてしまったが、終わった時の何やってんだ私感がすごい。いわゆる賢者モードに近い感じ。FPSは緊張感も強く、気を抜いてプレイすることが全くできない。これからやりたいときはなるべく晩御飯後あたりにしよう……。

ラブライブの映画で泣きまくった

自分感動いいすか……。もう3回か4回くらい観てる気がするが毎回泣いている気がする。見直すたびに発見があって面白い。今回はにこの表情をよく見ていたのだが、注目して観ると泣けるという部分がたくさんあった。表情に心境が現れていてとても深く、泣ける。他のキャラにも注目すると発見があるかもしれない。

ところで、謎の女性シンガーは結局なんだったのだろう。見返したところやはり未来の穂乃果説が私の中では強固になったが。あと声がコナンすぎて気になりまくった(コナンのイメージが強すぎるのだろう)。

もう一つ。μ'sが行った「海外」とはどこなのか、もしくはどこをモチーフにしたのか。これがやはり非常に気になる。あの橋、本で見たことある!! とかそんなことはない(私は海外にあんまり行ったことがない)ので、どこがどこだか……自由の女神像があるからアメリカ、ニューヨーク? 特に最近ジョギングをしてる私としては、μ'sが走っていたコース(劇中では外国人も走っているので多分ランニングコースとして有名なのだろう。しらんけど)が非常に気になった。日本でいう皇居周辺的な? 真相を確かめるために、ニューヨークに行くしかないか……。

 

ところで、今日凛ちゃんパーカーを着てたら親と妹に「それやめてほしい」「オタクっぽい」と散々言われて別の意味で泣きそうになったんですよね。思い直すと確かに浮いてるのかなぁ……と、ちょっと恥ずかしくなる。なので、他の猫耳パーカーを買って着ようかと思った。しかし、お金あまりないしやっぱり凛ちゃんパーカーでいいか……。一応言っておくと、凛ちゃんパーカーやラブライブのファッションに拘っているのではなく、猫耳パーカーが好きなだけである。なにこのどうでもいい余談。おしまい。

 

前に書いた『ラブライブ!The school Idol Movie』についての記事

yononakasonnaniamakunai.hatenablog.com

ラブライブ映画放送待機なう

今日10種類のアイスを食べまくってしまった。ジョギングしてるのに見事にカロリーを取り戻してしまった気がする。まぁいいか……。

ラブライブ、映画の前に一期二期を見返そうと思ったのだがだるくて一期10話当たりで止まっている。まぁいいか……。

中学生の頃、先生にポケモンを熱く語ったという私のエピソード

突然思い出したのだが、このエピソードなかなか好きなので書いていこうと思う。と言っても大したものではないが。
私の学校は進学校ということもあり「ゲーム、携帯禁止」という今思うと地獄のような校則があった。だが、そんなものはあくまで校則にすぎず、実際はたくさんの人が当たり前のように持ち込んでいたが。進学校とは一体。

だが、私は良い子……ではなく、臆病なので、先生に捕まるのが怖くてその類の校則を破ったことは滅多になかった。まぁたまにあったんですけどね。そしてその内の一つが今回書くもの。

クラスでポケモンが流行っていたころ、1日くらい凌げるだろうと学校に3DSを持ち込んで友人と遊んでいたら、まんまと捕まりこっ酷く叱られた上ゲーム機を没収されたことがある。流石に没収と言っても後々返されるのだが、それより、冷静に考えるとその時の私の対応が意味不明すぎた。

 

先生「あのさ、お前らもいつまでも、ポケモン?ゲームなんて幼稚なものやってないで……」

私「先生、それは違うんですよ。ポケモンっていうのはすごい人気のあるソフトで、今や世界中でたくさんの人が……」

友人「○○、ちょっと黙って。それはいいから」

 

みたいなやり取りだったと思う。多分「ゲーム=幼稚」という点に対して反論したかったのだろうが、明らかにそこに拘る場面ではない。あの時の友人の呆れたようなツッコミがすごく胸に刺さっている。この頃からすでに変な子だったんですかね。しかしゲームに執着するところが私っぽくてこのエピソードは割と好きだ。以上自分語り。念のため書いておくが、流行りの嘘松ではない……。

私がメンヘラという時代はもう終わった

終わったのだ。

 

昔はどう考えても精神状態がおかしかった、これは認める。むしろうつ病であってほしい。あの頃はうつ病という言葉を用いなければ説明がつかないくらい異様な精神状態だった。うつ病についてはよくわからないのだけど、今の視点から見るとうつ病というのは確かな病気だと思う。私の場合甘え云々言われても反論できないのだが、それでもやはり環境などが合わさるとああいう「どうみてもおかしい状態」に陥るのだろう。たとえお遊びであれ、普通は親に包丁を持ち出したりしません。しかし、これについてうだうだ語ってもどうしようもないのでとりあえず「昔はうつ病だった」という推測が自分の中にあるとだけ。

しかし、それはもう過去の話になったのだ。なってしまったとも言えるかもしれない。今も「うつ状態」に陥ることはある。しかし、将来に希望が持てないとか何も楽しめないっていうのは、誰にもあるものだと思うんですよ。無論、例え私が甘えまくりでも、精神医学的に(?)甘え扱いはいけない。根性論はいけない。だが、こういう悩みというのは一般的な方向にシフトしていて、かつ結構薄れてきているのだ。

昔はひどかった。将来に希望が持てないとか何も楽しめないということが一瞬で絶望や希死念慮へと変化する。うつ病は恐ろしい。この記事を読んでいると甘えであると思うかもしれない。私は何も積み上げてきていないのでそれも正しいが、世間一般的なうつ病は恐らく甘えではない。死に直結するような病だ。私はうつ病によって死ぬことだけは免れたのである。らっきーらっきー。

その時と比べると、私は変わった。多分薬のおかげだろう。精神状態は相変わらず不安定だし、希死念慮もある。が、それは多分一般的な人(というのは存在しないが)よりちょっと重い、ちょっとネガティヴくらいのものだろう。普通に生きていればむしろ何回か「死にたい」と思うかもしれない。それが少し強いだけ。私は良くも悪くも、もうメンヘラからは脱したのではないか。最近はそう思う。

精神状態は良好ではないが前より落ち着いた、というのは良いことだ。では何が悪いか、と言えば、もうメンヘラという甘えや免罪符には頼れないという事だ。こう言いつつもしばらくは精神状態を理由に逃げ続けるかもしれない。それは悪いことではないかもしれないが、その時間は終わらねばならないし、終わりが近づいている。

 

私は「時」が怖い。