世の中そんなに甘くない!

『事実というものは存在しない。存在するのは解釈だけである』 神奈川県在住の推定発達障害者が書くグダグタブログ

自己肯定感が低いからヒーローになりたい話

はい、今回はシリアス回なので定型句は無しです。この時点でシリアスでもなんでもないけど。

 

先日、友人と飲みに行ってきたのだが(最近この友人とサシ飲みすることが多い。いい友人を持ったものだ)、そこでネプテューヌの話から世界を滅亡させる話まで色々なことを語り合っていた。その中でテーマに上がったのが、タイトルにもある通り「自己肯定感」というもの。これが、私にも友人にも非常に大きく欠けている。ということで、今回はこれについて書いていこうかと。

 

自己肯定感……というのは、簡単に言えば「いかに自分が自分を受け入れられているか」というもの。逆の言い方をすれば「いかに自分を否定していないか」。これが高ければ「自分を受け入れている」ということになり、ありのままの自分で振る舞うことが自然になる。逆にこれが低いと「自分を否定している」ということになり、自分を責めがちになり、またありのままの自分も受け入れられず人の目を気にしがちになってしまう。私は専門家でないし、一概にこうというわけでもないだろうが、ゲームでいうとこれが低いとバッドステータスと言えるだろう。自分を受け入れていない、自分を認めていないということは、自分への攻撃にも繋がるからな。

そして今に話すまでもないのだが、私はこれが致命的に低い。このブログを見ていれば「そうだろうな……」って感想しか抱かないだろうけど。実は一昨日あたりから久々に鬱が入っており、ついさっきまで「自分はなんて価値がない人間なんだろう」と悲観していたところである。うつ病全盛期は深夜あたり常にこれを考えていた……懐かしい。

しかし……と、思うのだが、なぜこんなにも私は自己肯定感が低いのだろうか。いや、自分で言ってしまうと「だって価値ないじゃん」で終わってしまうのだが、他の人が見れば恐らくそうではない。友人やカウンセラーの先生は私のことを評価してくれている。なのに自分で自分を否定し続けているものだから、これはもう病気と言っても過言ではないだろう。あ、もともとうつ病なんだから病気じゃんってツッコミはなしだよ。これでも今はうつ病ってほど病んでないし。そして、その時話していた私の友人も同じく異様に自己肯定感が低い。私は「お前ほどの人間が自己肯定感が低いのはおかしい」と散々言ったのだが、友人は「自分なんてダメだ」と否定するばかり。結果、「私なんて」「いやいや俺なんて」と自分を卑下しあう残念な飲み会になった(一応言っておくけど飲みはすごく楽しかったです)。

最近思うのは、この自己肯定感の低さは逃げなのかもしれない。自分の価値が低いと思っていれば、何かで失敗した時に「自分はダメだから仕方ない」という口実になる。いわばセルフハンディキャッピングだな。私が自分に何も期待していないのも「もし期待して失敗したら自分の価値のなさが証明されてしまう」と、失敗を恐れているのだろう。だが、それだけではない気がする。もっと根本的な何か……自己肯定感が低い理由が、何かある。

前に知能検査の記事を書いたのを覚えているだろうか。結果だけ言ってしまうと、平均以上どころか上位10%(特に言語性IQについては上位3%)ほどの高い知能があれによって示された。私も当初は「おー、私割といけるじゃん」と思っていたのだが、今は所詮私なんてこの程度かと考えている。友人にこれを話したら「その結果を見てなんで上位1%じゃないんだ?』って思っただろ」と言われたのだが、今の思考はその通りである。所詮上位10%、私は大したことない。何もすごくなんてない。そのように考えている自分がいた。何様のつもりなのだろう。今までなんの努力もしてないような私が、10人に1人という高い知能を示したのはこの上なく恵まれていることなのに、なぜこんなにダメなんだとしか思っていない。

私はヒーローに憧れているのだ。最近、これが真実なのではないかと考えている。何か自分が特別だと思い込みたい。自己肯定感が低いほど、この「自分は何か特別でありたい」という考えに引き込まれていく気がする。何故なら、他に何もないから。あるいは、他に何もないと思い込んでいるから。しかし、私がもしヒーローになったとしたらこう思うだろう。「私は何故ヒーロー程度でしかないのか」と。

 

殴り書きだけど終わりっ! みんな、Goodbye See you again!

この記事は、生地がパサパサのケーキの提供でお送りしました。