世の中そんなに甘くない!

『事実というものは存在しない。存在するのは解釈だけである』 神奈川県在住の推定発達障害者が書くグダグタブログ

子供になりたい私のワガママをひとつ聞いてくれ

Good morning♪ ノアだよっ!みんな、今日もよろしくね!

 

実はGood morningどころかBad morningなのだがとりあえず定型句。今日朝方にネプテューヌをプレイしていたりその記事をブログに書いていたりしたのは、実は昨日のロングスリープ+寝落ちが原因。昨日起きたのが17時ごろ(14時間くらい寝ていた?)で、さらに晩御飯を食べたのち、ダルさのあまり1時間くらい横になってスマホをぽちぽちした後寝落ち。結果0時くらいに起きて、ようやくここで何かをやろうと言う気力が湧いてきて、ネプテューヌを起動して記事を書いて……で、とてつもなく眠い今に至る。ここのところある程度安定していた生活リズムは昨日今日で全てダメになった。合掌。

で、なぜかネプテューヌをやり終えた後急に哲学的な気分になりこの記事を書くに至った。バカゲーの反動なのだろうか……。

 

完全な自分語りで申し訳ないのだが、以前からずっと私は自分のことを子供っぽいと思っていた。しかし、最近精神的に少し安定している(多分。記事の内容も前ほど病んではいない、多分)ので多少なりとも大人というか、成長したのではないかと少し思う。

しかし、私はなんとなくこれが受け入れられない。いや、精神的に回復するのは構わないというかむしろそうなって欲しいのだが、精神的に成長したいかというとあまりそう思わないのである。最近、自分がそろそろ子供ではない(法律的にも世間的にもすでに大人なんですけどね)ということが受け入れ難くなってきた。私がもっと大人になってしまったら、『私の空想世界は間違いなく色を失う』。それは多分、私にとって最も望ましくないことだ。

私は今でも子供というか幼稚な側面がかなり大きくて、世界が滅亡するとか、剣と魔法の世界とか、お金で買えない恋愛や友情とかそういう厨二病とも言えるような、あるいはそれ以上に幼稚なものを未だに求めている。比較的現実的な方面で具体例を出すなら「明日隕石で地球が粉々になる」ようなことがあれば、それは自分にとって素晴らしいことだと思う。残された1日をどう過ごすのか、周りの人間はどんな反応をするのか、迫る死についてどう考えるのか、とかとかとか……痛々しい妄想(というかホントに厨二病真っ盛りだな)ではあるのだが、私はこういう非現実に憧れてしまうのだ。そして、それに比べて現実はなぜこんなにつまらないのだろうかとも思う。恐らくこれは、現実がつまらないのではなく私がつまらないのだろう。私がもっと現実の色々なことに興味を持てば、『私が成長すればこの世界はもっとカラフルになる』。お金を稼ぐとか、物欲を満たすとか、現実的な恋愛をするとか。だが、私はそうなりたいと思わない。いつまでも世界滅亡や魔法や二次元の女の子とか、恐らく一般的な人から見れば非現実的でつまらないものに憧れていて、それが本当に起きないかと期待していてもいいと思う。

だって、夢の中では逢えたのだから。

最近寝る前に「今日はどんな夢を見るのだろう」と毎回と言っていいほど考える。夢の中の記憶はほとんどないが、その微かな記憶は私にとっては物足りないが欠かせない非日常だ。まぁ、ザリガニに殺されかける夢は全然面白くなかったけどな。

 

まずい、話を広げすぎて何を伝えたかったのかさっぱりだ……。とりあえず言うなら、私は大人になりたくない。私みたいな無能が、自分ではなく世界を変えることができるとはとても思わないが、自分を変えないくらいは出来るかもしれない。しかし、年をとるにつれて恐らく子供である自分は死んでいくだろう。今の私は、それが受け入れられない。

ただ、前にお遊びで切った手首のカサブタは、すっかり消えてしまった。