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世の中そんなに甘くない!

日本では最底辺に位置するであろううつ病の自称異端者が適当に語ってみるスレ。

私の異常な愛情 または私は如何にして自己肯定するのを止めて自分を嫌いになったか

衒学的哲学 自分語り
先の記事で思ったことをこちらにまとめたほうがいいと思い新たな記事を起こした。自分語りってあまり好きじゃないのだけど、こういうブログではやるべきかなと思う。私という人間を発信したいのもそうなのだが、ブログは読者さんが見たい記事を選べるのでこんな自己満足自分語り記事は見たくなければスルーできるしな。スルーしたかったのに目に入ったらごめんなさい。

本題に入ろう。タイトルはパロディだからあんまり気にしなくていいと思う。
前に述べた通り、私は「自分が大好きで大嫌い」なのだが、冷静に考えてみるとこの二つは強烈な自己矛盾を引き起こしてるな。真逆のことなので当たり前だけど。
私は言葉にできないほど複雑な要素を大量に持っているので説明するのが難しいが、ただひとつ言えるのは「自我が極めて強い」ということだろうか。
ずっと前からなのだが、私の自我はものすごく強い。言い換えると、自分の感情がかなり強烈だ。なので思うようにいかないと先のようにゲームに負けたくらいでイライラが高じて壁を殴ったり、負の感情が強まると突然泣き始めたりする。非常に気質が子供っぽく、他の人には備わっているだろう感情を制御する何かが私にだけないようなものだろうか。思ったことや言いたいことは、理性ではその場で言うべきでないとわかっていても感情を優先して言ってしまうようなことがよくある。
それに対して大人っぽい理性も持ち合わせており、興味がないことに関しては本当になんの関心も持たない。例えば、友人が突然私のことを嫌いだと言ったら落ち込んだり怒ったり理由を聞いたりするだろうが、興味がない人間に嫌いだと言われてもなんとも思わない。また、物や人に当たったりしてまで自分の感情を優先させ自分を大事にしているのにもかかわらず、自分を嫌っていたり諦観していたり、突然立場をコロっと変えて「私なんて……」「死にたい」「むしろ最初から生まれなかったことにしたい」「ちくわ大明神」などと自分を卑下する。
子供と大人両方の気質が強いので、人間としてはまさしく分裂しているのである。

実はもっと詳しく書く予定だったのだが、途中で脇道に逸れてしまったのでその話をしよう。この画像を見てほしい。
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いわゆるエゴグラムというやつなのだが、見ての通りFCとAC両方が高いという珍しい形をしている。本来は反比例するはずなのだが。あと、Aが低いのはちょっと意外だった。理性的な面もあると思うんだけどなぁ。で、診断結果がこれ。
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やはり子供の気質が強いみたいだ。しかし寂しがり屋ではない気がする。人に嫌われたくないというより、好きな人に嫌われたくないと言ったほうが正しいな。先程言った通り、どうでもいい人間に対しては非情極まりないと思っている。また、個人的に言うならば私は打算的な面が強い。人間関係ですら損得で動いている(例えば、私が友人を大事に思うのは『友人といると自分が楽しめる』という得があるからである)ので、Aが低いのはホントに意外だった。

ちなみに、これは1年くらい前のエゴグラム
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だいぶ違うじゃんアゼルバイジャン。私の性格に何があったのだろう。まぁ、どちらにせよ社会不適合者の面が強いが……。

直感も理性も強い大人びた子供、自分が好きで自分が嫌い。
こんな大量の自己矛盾を抱えてこの先生きのこれるのだろうか。私の行く先には何があるのだろうか。今は見当もつかない……。
強いて締めの言葉を考えるとすれば、この絶望的ゴミ人間がなんとかして自己肯定感や自分への自信を持てば、人生がいい方向に変わるかもしれないということだろうか。しかし、残念ながらこれも見当がつかない。
この行き場を失った強い自我は何を望んでいるのか。自分のことながらまるでわからない。